WHERE HOPPY TAKES US
粋な大将に会いたくなる、大阪ホッピー発祥の店
日本を代表するオフィス街の一つ、大阪・淀屋橋にほど近いビルの奥に、隠れ家のような佇まいの江戸幸がある。暖簾をくぐると、噺家のように軽妙な口調で話す大将の山口博敬(やまぐちひろゆき)さんと奥様が笑顔で迎えてくれた。ここ江戸幸は、東京発祥のホッピーを大阪で初めて提供した店として、2013年には「ホッピー大使」にも認定された由緒ある銘店のひとつ。今年の4月で35周年を迎えた江戸幸が大阪の地で長年愛される所以と、ホッピーとの出会いを尋ねた。
江戸幸は、落ち着きのある小料理屋といった雰囲気に包まれている。カウンター席が10席とテーブル2卓の計16席という、こじんまり、アットホームな店構え。「次は何飲みはりますか?」「もうすぐ次のメニューができますわ」。カウンターに立つ大将の細やかな心配りあるお客への声がけを聞いていると、ここ江戸幸がいかに常連客に愛されているか、その理由がわかる。
カウンター席の醍醐味は、料理人の華麗な包丁さばきや焼き台で焼く姿を間近で見られること。目でも料理が楽しめるうえ、江戸幸には大将との楽しい会話もある。「楽しき江戸幸へ、ようこそ!」という謳い文句のとおり、江戸幸は楽しい。常連客の言葉を借りれば、「大将の人柄で店内はいつも明るく、笑いが絶えないお店」なのだ。
なんでも大将の40年来になる趣味は、落語鑑賞。なるほど壁には落語家の橘右近さん直筆の掛け軸や30年以上親しくしている笑福亭松喬さんの色紙や千社札が入った額が飾られている。休日はよく寄席に出かけるそうで、大将自身もまるで噺家のように、誰をも笑顔にさせる話術に長けている。
自然と顔がほころぶのは、大将の軽快なトークばかりではない。大将が創る料理はどれも絶品で、箸が進むにつれお酒もグイグイ飲めてしまうものばかり。「毎朝、大阪市中央卸売市場に仕入れに行く」という食材は、旬のものを取り入れた新鮮な国産素材にこだわっている。
おすすめを尋ねると、「江戸幸に来たら、まずはこれ!」と、一番人気の「はいからコース(お任せ7品)」を焼いてくれた。この日は、牛串・豚ベーコンの厚切り・穴子の漬け焼き・つくね・ウィンナー・いかゲソ・貝柱の計7本と、肉から魚介まで、さまざまな具材を味わう、まさしくハイカラな盛り合わせだ。その日の仕入れにより品目は異なるが、江戸幸の名物ともいえるハイカラコースは欠かせないメニューだ。
看板メニューはほかにもある。「手作りポテトコロッケ」や「カレーにゅう麺玉子入り」など、振舞われる料理の数々は、どれもひとてまかけた丁寧かつ繊細な味付けで、「また食べたい」とうならせる味わい。大将の人柄を感じさせる優しくて温かな味わいがあると、しみじみ実感する。
大阪市のほぼ中央に位置する江戸堀にて居酒屋「江戸幸」を営む両親のもとに生まれ育った大将が料理人としての道を歩んだのは、ごく自然のことだった。高校卒業後すぐに伊丹空港近くの「エアポートホテル」で5年、コックの修業に励み、それからイタリアンレストラン「レナウン・ミラノ」にてシェフとして腕を振るった。
お店によく訪れていた奥様と結婚し子どもが生まれたのを機に、「週末は家族と過ごしたい」という思いから、実家の居酒屋の名前でもあった江戸幸の名を受け継ぎ、淀屋橋に自分の店を持つことに。両親が命名した江戸幸は、江戸堀の地名から。「江戸で幸せが満ち溢れるように」という意味が込められている。幼いときからその名に愛着を持っていたので「自分の店を持つなら江戸幸にしよう」と決めていたと振り返る。
29歳のときに開業して以来、たくさんのサラリーマンが訪れ味わった江戸幸のメニューは、創業時から今日まで守り通している。大将いわく、「常連さんが転勤で地方に行き、しばらくしてまた戻って来たときに、『何や! 何も変わらんなぁ』『懐かしいわぁ。そうそう、この味が食べたかってん』と言われて、笑い話になった」。その話のとおり、いつ訪れてもホッとさせてくれる、心の拠り所のようなお店だ。
開店当時はオフィスばかりだった淀屋橋も、今やマンションやホテルの建設が進み、少しずつ街並みが変わってきた。「開業当時バリバリ働いていたお客さんがどんどん出世して偉くなっていく姿や、部下や後輩を連れてきてくれて、そこからまた新しい縁が生まれたりして。定年になってからもまた通って来てくれはるのも嬉しいな」と、刻まれた歴史の長さだけお客とのエピソードも色濃く残っている。
絶品料理と相性抜群なドリンクとして江戸幸でおすすめしているのが、関西では馴染みの薄いホッピーだ。関東と関西では様々な違いがあり、中でも食文化は、代表的な一つに入るのではなかろうか。例えば、東京出身者と関西出身者の飲み会の席で、お酒の話題になると、わりと頻繁に上るのがホッピー談議だ。関東では大概どのお店でもホッピーを取り扱っているが、関西では取扱店が増えているといえども関東ほどではない。また、“ホッピーは関東のもの”といった先入観があるため、抵抗感を覚える人がいると関西出身者に聞いたことがある。
そうした背景があるにもかかわらず、山口さんとホッピーの付き合いは今年で33年目。きっかけは、お客様に勧められたことだった。江戸幸を開店してから数年経った頃、山口さんは、「もっと焼酎を身近に楽しんでもらいたい」「美味しく飲んでほしい」と思い、その方法を模索していた。するとお客様から、「東京にはホッピーがあるで」と教えてもらい、「まず自分で飲まなはじまらん」と、山口さんはすぐさま浅草へ向かった。初めて口にしたホッピーは、「正直、おいしないな」と感じたという。しかし、そう感じたことが逆に、山口さんの闘志に火を付けることになった。
ホッピーを大阪で流行らせるには工夫が必要だと自ら研究を重ね、ジョッキを凍らせ、ホッピーと焼酎をキンキンに冷やす「1凍2冷」を考案。常時70杯分のジョッキを冷凍庫で凍らせており、江戸幸ではいつでもギンギンに冷えたホッピーを堪能できる。
また、「ただ飲むだけではおもろない」という粋な気持ちから、山口さんが直々に一番美味しい方法でホッピーを注ぐサービスを展開。その名も、「ドバイ注ぎ」と「トルネード注ぎ」。「ドバイ注ぎはジョッキの中にホッピーを突っ込んで、一気にドバーッイと注ぐからドバイ」、「トルネード注ぎは、ボトルをジョッキの中でぐるぐる回して竜巻のように注ぐからトルネードや」と、目の前でプロの技を実演してくれた。ポイントは、ホッピーを注ぎ最後に泡立ちをしっかり確認すると共に、小指をピンと伸ばして「小指がピーン」というフレーズをリズミカルに口にするところ。山口さんお約束の「小指がピーン」が聞きたくて、おかわりが進むという人も中にはいるくらいだ。
他にも、トマトリキュールで割る「トマピー」は、ジョッキのクチに付けてくれるバハマの塩が、程よくマッチする絶妙な味わいだ。江戸幸に訪れる常連客のホッピーファミリーのお決まりコースは、「ホッピー → 黒ホッピー → ハーフ&ハーフ → トマピー」と、個々のお客様の好みもすっかり熟知している。
美味しいホッピーの入れ方をたくさんの人に知ってもらいたいねん
30年前に比べると、大阪でもホッピーを取り扱うお店がかなり増えており、「美味しいホッピーの入れ方を教えてほしい」と山口さんを訪ねてくることもあるという。そんな依頼に対する大将の反応はこうだ。
「気に入ってくれたらなんぼでも教えるし。僕、隠したことないですから。美味しいホッピーの入れ方をたくさんの人に知ってもらいたいねん」
自身が研究した日本一美味しいホッピーのつくりかたを、包み隠さず伝授したいと語る。そんな気持ちのいい心意気の大将に会いたくて、今宵も勝手に、江戸幸に足が向かってしまうのだろう。暖簾の向こうから聞こえてくる笑い声に吸い込まれていく常連客の姿が印象に残った。
Photographer: NiRai
Writer: Fumiko Sato
取材撮影:2018年6月
江戸幸(えどこう)
Edokou