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社会人としての原点

 2017年12月9日(土)、とても懐かしい会に出席させていただいた。
 私が社会人ライフをスタートさせ、3年お世話になった古巣。社会人としての基礎を徹底的に叩き込んでいただいたかつての日清製粉(株)人事部の集まりだ。
 私もお世話になった当時の常務が昨年、ご逝去されその方を偲ぶ会だったのだが、1993年3月の退職以来、約25年と半年ぶりにお目にかかる上司や先輩の方も多く、非常に懐かしくて興奮気味だった。
 粉屋さんOL時代の私と言えば…、「最悪」の一言に尽きる。反発するだけで素直に学ぼうとせず、お世話になった3年間は不平不満で埋め尽くされていた。とにかく1日も早く、退職したくてたまらない毎日だったのだ。
 ところが、家業を継ぎ新卒採用を第3創業の主戦力に据え、社員教育にのめり込んでいく毎日で、私のしていることは日清製粉で教えていただいたことそのままだということや、当時、苦手だと思い込んでいた上司とそっくりな言動を取っていることに気づいた時、ハッとした。15年以上も経って、私にとっての「日清製粉人事部3年間の意味、意義」にようやく気づいたのだった。それは、学生気分だった私を社会人意識へと脱皮させるための、基礎中の基礎教育だった。現在、私が曲がりなりにも経営者として生かしていただけているのは、日清製粉で受けた教育の賜物なのだ。あの3年間がなかったら、経営者は務まらなかったかもしれないとすら感じる。私にとっては、それくらいありがたい3年間だった。でもあの時は愚かなことに、その意味がわからなくて、ただ辛くつまらないとしか思えず、上司や先輩を恨めしく思うだけだった。私がどれほど反発しようとも、根気よく教え続けてくださっていたのに、逆恨みもいいところだ。
 このことに気づいた瞬間、恥ずかしさのあまり顔から火が吹く思いだった。お詫びしてお詫びできるものでもないけれど、いつか、教えてくださった皆様にお目にかからせていただく機会を頂戴できたら、土下座するくらいの勢いでお詫び申し上げたいと思っていた。
 その機会が、ようやく訪れたのが2017年12月9日というわけだ。全員に与えられた2分間スピーチで、当時の数々の愚行に対するお詫びと感謝を申し述べた。スピーチ後、隣に座っていらした当時の次長が「そうだった、思い出した」と冗談ぽく呟かれて、(こりゃ、相当にひどかったんだ、問題児だったんだろうな)と改めて思い知らされ、再び恥ずかしさでいっぱいになる。
 ところがその後、記念撮影で会場全体が動いた時のことだ。別の上司の方が私のそばに来てくださって「石渡、経営者になったな」と言ってくださったのだ。「いえいえ、皆様のお教えの賜物です」。精一杯な気持ちで答える私に「だから、それを言えるのが経営者だってことなんだよ」と。
 感激で胸がいっぱいになったのは、言うまでもない。幾つになっても上司や恩師から褒めていただけるのは、嬉しいことこの上ないものだ。私のスピーチを受け止めてくださった上司のお陰様で、私は長いこと抱えていた申し訳なさや後ろめたさが薄らぎ、許しをいただいたような気持ちになった。
 再会の感激に包まれたこの会はどうやら、一年に一度、開かれるようになるらしい。私の名前がマスコミに載る時、プロフィールには必ずと言って良いほど、最初の勤務先「日清製粉」の名が一緒だ。私を育ててくださった恩ある古巣の名が一緒であることを誇りに、もっともっと頑張って、会が開かれる時には元気よく伺おうと心に決めた師走の土曜日だった。