「F」 TALK
vol. 05 岡本慎太郎 x 石渡美奈
コミュニケーションとしての氷彫刻
福岡生まれ、アラスカ育ちの氷彫刻家、岡本慎太郎さん。幼少のころより絵画の才覚を発揮、数々の賞を総なめにし、大統領奨学生(Young Arts Finalist)となるも、医学と芸術、二つの道を志し、名門ブラウン大学でダブルメジャーを履修。その後、自身にはアートの道だと見極め、2003年、父親の武夫さんと一緒にニューヨークで氷彫刻スタジオ「Okamoto Studio」を創設した。08年のリーマンショック、父の死を乗り越え、アーティスト、クリエイターとして、そして経営者として、氷彫刻の新しい可能性に挑む岡本さんと、3代め 石渡美奈がホッピーを片手に語り合った。
(以下、敬称は略します)
石渡 慎太郎さんとOkamoto Studioさんとはこれまで、ニューヨークで行なっているさまざまなイベントでコラボレーションさせていただいておりますが、こうして改めてお時間をいただいてお話する機会はなかなかなかったので、今回の対談をとっても楽しみにしていたんです。
岡本 僕も楽しみにしていましたよ。美奈さんはニューヨークに2カ月に一度はおいでになるから、久しぶりという気はまったくしませんが(笑)。
石渡 ですね(笑)。ニューヨークだけでなく、赤坂でもご一緒しました。昨年5月に行った「赤坂食べないと飲まナイト」での特別イベント「New York Night in Akasaka」では、全長22メートル、総重量6トンもの巨大な氷のホッピーバーを作っていただきました。あのアイスバーのおかげで「赤坂食べ飲ま」のイメージが変わった、興味を持ったという多くの声をいただきました。
岡本 観てくれる方、東京の人がどんな反応をするのか、僕らにとっても刺激的なイベントでした。
石渡 みんな笑顔で、キラキラした表情でしたね。
岡本 うれしかったですね。リアクションを直接見れると、この仕事をしていて本当によかったと思います。よく「せっかく作ったのに溶けてなくなるのは切ないでしょう」と聞かれますが、僕にとっては、なくなるからこそ、僕自身は魂を込めて作品を掘り上げようとハンブル(謙虚)になれるし、毎回新しい気持ちで臨めるし、見てくれた人のメモリー(記憶)に残ると思うので大したことではないんです。
石渡 いまでもアイスバーの話が周りから出ます。それだけ記憶に残っているということなんだと思います。あの透明度の高い綺麗な氷をつくるためには、水そのものや製法へのこだわりがあると、以前、慎太郎さんが教えてくれましたが、実際に彫っていらっしゃるときは何を思っていらっしゃるんですか?
岡本 氷はどんどん溶けていくものなので、彫りながら常に完成形をイメージしたり、たとえば天候によっては溶けるスピードが恐ろしく早くなったりするので、その時々で臨機応変に対応しないといけません。技術はもちろん必要ですが、完成は自然に委ねているようなものです。溶けて水になってそれが氷の表面を滑ることで滑らかな曲線を描いたり、僕らアイスカーバー(氷の彫刻家)はそれを計算して、自然とコラボレーションしているようなもの。氷が常に変化するから、彫っている側としては、氷という素材や使っている道具に最大のリスペクトを払って向き合って、導かれるように彫って、そうやって氷、氷彫刻の魅力を引き出していく。それによって、観る側の想像や気持ちも引き出す。氷を通してコミュニケーションをしているようなものですね。
石渡 氷彫刻は慎太郎さんにとってコミュニケーションの一環というわけですね。面白いです。慎太郎さんは9歳のときにご家族で福岡からアラスカに移住されたんですよね。
岡本 親父がアメリカに憧れがあって渡米を考えていたので、アラスカでのレストランビジネスの話に飛びついたんです。僕はそれからアメリカの教育を受けてすっかりアメリカ人になっていたと思っていたんですが、氷彫刻を通して自分の中にある日本人の部分、性質のようなものを意識します。
石渡 それは興味深い。たとえばどんな場面で?
岡本 氷という変動する有機的な素材に向き合っていると、強制的にハンブル(謙虚な気持ち)になります。どうしたらこう表現できるのか、こうすればこうなるのか、と常に考えながら彫るので、氷とのコミュニケーションにおいては、自分が常に寄り添う側。溶けたり割れたり壊れたりもするので、器用さやデリケートさ(繊細さ)も必要だし、自分の表現を手伝ってくれる素材や道具に敬意を払うことになるし、感謝の念も芽生える。さらに出来上がった作品を届ける、設置するという工程も、壊れないようにと気を遣います。かといってビジネスである以上、スピードも追求すべきだし、カスタマーサービスというフォローも大切。すべての工程で、ハンブルな精神の上に成り立つ細かい気遣いのようなものが必要だし、チームワークも大事。
石渡 なるほど。いまチームワークの話が出ましたが、それこそ「New York Night in Akasaka」の際、デリバリー(搬入)やインストール(設置)から拝見させていただきましたが、スタジオメンバーのみんながみんな、慎太郎さんの目の動きや手の動きを見て、慎太郎さんを中心に先を見て動いているのがわかって「いいチームだなあ」と思ったのを思い出しました。
岡本 ありがとうございます。溶けてなくなるのが前提の一点物であり、割れたら終わり、壊れたら終わりで、失敗が許されません。当日の天候や現場の環境も見越した上でプロとしてデリバリーとインストールがあるので、緊張感は常にあります。かといって仕事を楽しむという気持ちも大切にしたい。その点で僕はいい仲間に恵まれたと思っています。感謝ですよね。
石渡 慎太郎さんのチームビルディングに対する見解、興味深いです。何が肝ですか?
岡本 それこそ体を使う仕事なので、両手が塞がっているときのアイコンタクトとか、相手が何を必要としているのかとか、ツーカーの仲は理想的。活きよく一発で、スムーズに作業できるかって、やっぱりコミュニケーション。僕らの使っている道具はチェインソーやノミといった危険なものもあるし、氷は重いし滑るしで安全面でも気は抜けない。経験を共有してお互いの「ツーカー度」を高めていくのもあるとは思うんですが、やっぱりはじめのハイアリング(採用)の面接の時点からわかるというか、「出会い」ってあるんだなあと思います。それを見極めるのも仕事のうちですね。
石渡 まさに「ご縁」というものですね。慎太郎さんご自身がオーナーとして気にかけていることは?
岡本 当たり前のことかもしれませんが、自分が見本にならないといけないなと思っています。忙しすぎて眠くても辛くても笑顔でいること。この仕事をしていると、わかりやすくいうと豪華なパーティーを主催する成功者やいろんな業界のトップの方々と出会う機会も多い。そこでいつも感じるのは、上に行けば行くほど、その人たちの笑顔がいい。インスピレーションを与えてくれるというか。自分がオーナーとしてやっているからには、上からの目線ではなく、みんなを引っ張っていける、リードできる人間でありたい。自分ができるからこそ、ディレクションができるわけだし、人を友情と愛情でつなげることができるから、長く一緒にできる仲間を作れると思うんです。僕がオーナーとして、人間としてそういう関係性を欲しているからには、自分がそれを示していくしかない。親父が上手かったんですよ。
石渡 素敵なお父さまだったんですね。慎太郎さんは今年1月、そのお父さまも優勝したことのある氷彫刻の世界大会で優勝され、親子二代の快挙というニュースを届けてくれました。昨年夏のワールド・エレファントデイ(世界ゾウの日)に、ニューヨークのユニオンスクエアで実物大のアフリカゾウを彫り上げるインスタレーションをされました。あのコンセプトとストーリー、つまり、絶滅の危機にさらされているアフリカゾウの状況を啓蒙するため、あえて溶けていく氷を使った。みんなが立ち止まる美しい氷彫刻のアフリカゾウですが、「何もしなかったらこんな風にアフリカゾウも消えてしまうんだよ」という静かだけれど強いメッセージを放っていて、それにみんなグッときたと思うのですが、世界大会でも同じようなコンセプトとメッセージ性の強い作品を彫り上げられたんですよね。
岡本 イタリアのガエータという小さな港町が開催地だったんですが、着いて散歩したときに、町のあちらこちらにリアルなアートがたくさんあって「ここの人たちはきっと自分たちの歴史に誇りをもっているしアイデンティティを追い求めていそうだし、ストーリーが好きなんだろうな」って思ったんです。だから、当初考えていた案はやめて、ひとつは「アリゲーターとペンギン」、もうひとつは「ホッキョクグマと花畑、その後ろに工業ビル群」という作品に変えました。ちょうど渡航の飛行機内で読んだ雑誌に、異常な寒波の影響で凍るはずのない沼が凍って、口を出したままの状態でワニまで凍ってしまったという記事を読んだこともリンクしていたと思います。
石渡 現場で実際に感じたインスピレーションをもとに臨機応変にできるのが慎太郎さんの強みでもありますね。そしてやっぱりメッセージ性が強い。北限地の動物が熱帯・亜熱帯の動物と邂逅してします状況、北極に花が咲くという状況を氷彫刻というシーンで表現し、静かに、でも強く環境破壊への警笛を鳴らしている。
岡本 やるからにはその意味を考えます。なぜやるのか、「WHY」を追求したい。氷の前に絵を描いたり陶芸をしたりしていました。「アーティストとは何か、クラフトマンシップとは何か」という問いがずっとあるし、何もないところから何かを生み出すということなのだから、なぜそうするのか、必要なのかを常に考えています。アフリカゾウの話をすると、クライアントはアマルーラという南アフリカのクリーム・リキュール会社。アマルーラは、アフリカ原産のマルーラというウルシ科の木の実を発酵させて生クリームを加えたリキュールで、ゾウがこの木の実を食べるので、ラベルにアフリカゾウが描かれているんです。アフリカゾウの危機的な状況をアマルーラとしても人々に啓蒙したい、保護のために何かしたいということで、売り上げの一部をアフリカゾウ保護の基金に充てるという。そのためのインスタレーションだったんです。企業としてのそういう想いを、僕らは氷彫刻を通して、どうリアルに、いまのセンスに合うように、押し付けがましくなく観る側に訴え、共感を呼び起こすことができるのかがテーマだったし、腕の見せどころだったような気がします。
石渡 氷でできたゾウが溶けてなくなっていく状況が目の前にダイレクトにあって、地球上にいるゾウもいまこんな危機的状況にあるんだという事実がオーバーラップする。まさに氷だからこそできたインスタレーションだったと思います。
石渡 さまざまなイベントに参加させていただく機会が多いので、その度に「ああ、ここにOkamoto 作品があったらなあ」と思います。今回お話を聞いていて、日本人としてのアイデンティティとアメリカ人としてのアイデンティティ、ドクターになるための勉強をしたり、それでもアートを選んだというこれまでの道のり、そういう幅の広さを持つ慎太郎さんだから、慎太郎さんにしかできない氷ができるんだなと実感しました。そんな慎太郎さんの夢を聞かせてください。
岡本 スタジオとしてはCNC(コンピュータで氷の加工ができるマシン)を導入したことで、これまで時間や体力的な問題でできなかったことをマシンにしてもらえるので、カーバーとしての新しい挑戦が広がるし楽しみでもあります。クライアントベースの話をすると、人との出会いって与えてくれる刺激はもちろん、発想の幅を広げてくれるので、その点でニューヨークはいまだに面白いと思います。変わっていくのが当然の街なので、ビジネスオーナーとしては、その流れに乗らなくてはいけない。それが辛い人もいるかもしれないけれど、僕はいまだに街を歩くだけでも刺激を感じることができる自分が嬉しい。自分の感度を高めておくというか電波をビンビン張って、どの道をいくのか見極めたいです。逆に美奈さんの夢を聞きたいです。ホッピービバレッジは会社として創業113年、ホッピーは今年発売70周年、ニューヨーク展開も果たして、次は何をされるんですか?
石渡 まだまだこれから!
岡本 「これから!」っていえるところが美奈さんの凄いところだといつも思いますよ。止まらない(笑)。
石渡 回遊魚だから(笑)。私も自分の立場ややっていることに意味付けをしたいんです。なんでやっているのか、やるのか。そしてそれは、すべて新しいはじまりにつながっているような気がしているんです。
岡本 確かに毎日朝起きて、「新しいはじまりだ」という姿勢でいることって、開放感もあるしエクスペクテーション(期待感)もあっていい。「自分はこれからなんだ」という清々しさを忘れないで生きたいですね。
石渡 これからも語り合って刺激し合って高め合うビジネスパートナーでいてください。やっぱりOkamoto Studio Tokyoをつくりたいなあ。
岡本 僕は「WHY」ばかりなので、うっとおしいって言われますよ(笑)。なぜ氷でないといけないのかが納得できないと、ロマンチックにいうと「魂がない」ものになっちゃうから追求していたいんです。納得は自信につながるし、やっぱり作り手に自信がないといいものができないから。
石渡 やっぱりOkamoto Studio Tokyoがほしいです!
岡本 どこへだっていきますよ。これからも楽しいことをしていきましょう!
Photographer: Lisa Kato
岡本慎太郎
Shintaro Okamoto
氷彫刻家(アイスカーバー)、Okamoto Studio創設者